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2017.12.14 (Thu)
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さいきんスペイン語の勉強を兼ねてバルサ記事をいっぱい訳してます。めためた時間かかるんですけどw今回はモウリーニョの記事を選んだんですけど、しょっぱなからジョージ・オーウェルの有名な小説「1984年」のたとえが出てきてフリーズしてしまいました。コラ、サッカーの話だけだと思ってるところに文学っぽいものをもってくるんじゃない、スポルト紙め。

ところで、モウさん本当はバルサを指揮したいなーって本当ですかね?まあ、一度通訳→アシスタントコーチとして在籍はしてましたけど、しぶしぶスペインに来てただけじゃないの?よくわかんないけど、公式に彼自身から「バルサきらーい」という言葉しかきこえないのは、ただのツンデレと受け取ることにしました!! te queremos mucho, mourinho☆

では長いので追記に。どうせ誰も読まないだろうしね!笑

モウリーニョ:「バルサ、彼らをチャンピオンズから追い出したい」
Mourinho: “Barça, te quiero echar de Europa”


ポルトガル人監督は、きわめて精密にグアルディオラのサッカーを研究している。次の火曜日にあるグループリーグの第五戦の勝利を勘定に入れるためだ。

ジョゼ・モウリーニョはバルサ愛好家だ。彼はまるでオーウェルが組織的な怒りをもたせた、「ビッグブラザー」党の信者から嫌われているエマヌエル・ ゴールドスタインのようである。彼が映画「1984年」のスクリーンのなかでしたように、モウリーニョはブラウグラナの周囲に現れたり消えたりする。そこ にはもちろん、何も考えずにすべてをうのみにするウィンストン・スミスのような人もいるのだ。

それらの登場人物と違うところは、独自のスタイルを持ったポルトガル人監督が、キャラクターを自分でつくっているところだ。そして彼はカンプ・ノウ でのバルサとインテルの対決のためにつくられた主張で周囲を煽り続ける。その試合はすべてにおいて重要で、ペップバルサにおいては勝利を要求されるもので ある。スタイルを忠実に守るため、監督は親友に話しかけるときも温かくはしないのである。

彼は「私はカンプ・ノウでの勝ち方を知っている し、そうなれば勝つだけではなく彼らをチャンピオンズから追いやることにもなる」と断言し、間に「チャンピオンが何も得られないまま、追い出すのさ」と付 け加えた。モウリーニョは彼のカレンダーの11月24日を、いくつもの蛍光マーカーをつかって囲んでいる。

彼はミラクルでキエフに勝利した後にしるしをつけた。そしてしばらくの間、順位表のトップにチームを位置づけた。インテルはバルサをチャンピオンズ リーグから追い出すための鍵を握っており、監督はそれを個人的に持っている。トップに立った瞬間から、モウはペップバルサの研究にほとんどすべての時間を 費やした。

バルセロナから伝わるビデオ、情報そしてニュースは彼の毎日の食事だ。彼がチェルシーの監督だったときのバルサとの試合のように、バルサ対インテルは亡くなったサー・ボビー・ロブソンのコーチ兼通訳だった彼の主目的となった。

インテルのカンプノウでの勝利は、ルビンカザンがキエフに勝利した場合に、バルサの敗退を意味する。バルサが敗退するためにはロシアのチームもイン テルのサポートが必要となる。そうなると、彼らは他のグループを見なくてはいけない。勝ち上がりそうなライバルを考慮に入れ、1以下2位のどちらで終わっ た方が良いかを知るためだ。

どちらにしても、モウリーニョはいかにしてバルサに復讐するか、長い間考えてきた。彼のチェルシー時代では、2004-05シーズンでの最初の直接対決のみ、彼らを敗退させている。

バルセロナがカンプノウで2-1で勝ったあと(彼は怒り、試合後の記者会見への出席を拒否した)、テリーがスタンフォード・ブリッジでの試合で得点 し、 4-2で彼らを敗退においやった。しかし、チェルシーはその年のチャンピオンにはなれなかった。そう、ライカールトのチームは、その翌年にチャンピオンに なった。もちろん、そのチェルシーを破ったあとでだ。

1stレグの試合は1-2でバルサが勝ち、それはのちにモウリーニョがメッシに捧げた「素晴らしい劇場」として世界に広まった。カンプノウでは、 1-1で、パリへの道のりの途中となった。その翌年に彼らはもう一度、このときはグループリーグで対決した。「青」のチームはグループ1位で、バルサは2 位で通過した。

それら3回の連続した対決は、モウリーニョとバルサファンの間に対立をつくった。彼がバルセロナに来ると、カンプノウは「劇場へ出て行け!モウリーニョ、出て行け!」といった叫び声で迎える。

監 督はすこしのちいさな間違いも見逃さない。そしてチャンピオンズリーグのグループステージ第四節が終わった日には、ペップ・グアルディオラのチームがモウ リーニョがポルトで成功してから一度は手にしたことのあるタイトルを更新するのを防ぐことに目標を定めた。モウリーニョは、劇的なエピソードのあとで、公 共の場でのバルサについての発言がより注目されるようになった。しかしプライベートでは、親しい人々とともに、バルサというチームを指揮したいという望み を捨てられないのである。

彼は同じ手法を別の状況では使わない。雰囲気は熱を帯び、肩にはすべてのプレッシャーがのしかかっているが、目 標は同じだ。そのために、彼はペップ・グアルディオラのチームの動きの完璧性を研究してきた。モウリーニョはカンプノウに次の火曜日、11月24日に現れ る。そしてカンプノウは、いつも通り、彼とはきわめて正反対に、彼を歓迎することはない。


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